サラリーマン時代に切り離していたこと

どうも、新田です。

「サラリーマン時代に給料のほかに50万円以上稼ぐっていうのは、難しいことじゃないんでしょうか? いったいどうやってたんですか?」

という疑問を、この記事を読んで感じる人は多いのではないかと思います。

僕の失敗とゲーム制作遍歴

どうやってやったかというのは記事にも書いているんですが、もうちょっと詳細を書いてみます。

■あなたは夢を生きているか

まず、サラリーマン時代はプランナー兼プログラマでした。

当時のゲーム業界っていうのは、今で言うブラック企業が勢揃いの業界で、どこもかしこも、大手も中小も、日本企業を代表するブラック企業が全館あげての大感謝祭、という状態でした。

コンプライアンスがどうのと言われ始めたのは2010年代に入ってからだと思いますが、まあ当時は会社に寝泊まりは当たり前、マスターアップ前は2周間以上家に帰れないというのは普通でした。

僕が「自分のゲームを作るために自分で稼ごう」と思ったのは2000年くらいですが、1997年から会社を作った2006年くらいまでの9年は、ゲーム会社にサラリーマンとして通い、途中からフリーランスとして通っていました。

で、起業したいと思った当時、考えていたのは、以下のようなことです。

「企業というのは誰かが自分の夢を叶えるために作ったもので、そこに勤めるのは人の夢を叶えるのを手伝うということ。これは、人生の終わりまですべきことじゃない。サラリーマンも卒業して、自分の夢のために働いてこそ、自分の人生と言える」

ということです。

もちろんこれは自由です。

誰かのために働いて一生を終えようが、それは自由なんです。

「しかし僕はそれは嫌ではないがいつまでもすることじゃないと思っていた」というだけです。

というのも、あなたもそう思うかと思うんですが、人のためだけに一生働いて終わるのなんて嫌じゃないですか?

だって、自分の人生じゃないですか。

自分が理想とする生活もあるし、クリエイターとして作りたいものもある。

それを目指さずに謙虚に過ごし、疲れ切った就業後と、たった2日だけの土日だけしか、自分の好きなことができないって変じゃないですか?

だって、何度も言いますが、自分の人生ですよ!?

むしろ、一週間のうち5日は自分の好きなことをして、2日だけ食うために働く。こうじゃないとおかしいです。

■どう生きようが自由

会社のやってることが、ほぼほぼ自分のしたいことと被っているのなら、会社で一生働くのもいいと思います。

でも、そんなことはたぶん奇跡的なことだと僕は思うんですね。

いや、2割くらいは自分がしたいことと被っている人もいるかもしれない。

でも、それでも、一生する仕事のうち2割だけ、自分の自由にできるって、おかしくないですか!?

できれば100%、自分の自由に生きたいと思いません?

これっておこがましいことですか?

欲深いことですか?

僕はそうは思いません。

一生は一度きりです。

そしてこの肉体と精神は自分のものです。

あなたも、自分の肉体と精神を持っている。

そうじゃないですか?

であれば、それを100%自分の好きなように使ってもいいはずです。

少なくとも、あなたは自分の肉体と精神を自由に使える権利がある。

自分が思う理想の仕事としてのライフワーク、それにすべてを注ぎ込むことに誰も文句は言えないのです。

ある保険会社がご老人たちに後悔していることはなんですかと聞いたとき、「もっといろんなことをやっておけばよかった」ということが上位に上がるそうです。

そう、だから今、それをやらねばならないわけです。

「やっておけばよかったこと」を。

だって時間はこうしている間にもどんどん過ぎ去り、僕らの寿命はどんどんなくなってきているわけですから。

■サラリーマンからの離脱

ということを意識しつつ、僕はサラリーマンをしていました。

人生とは今この瞬間にほかならないのです。

だから今この瞬間に自分の好きなことができていなければ、それは死んでいるも同じ。

生きながら死んでいるのと同じなのです。

というわけで、自分の人生を100%自分のものにするために(実際は少し違うわけですが)、僕はサラリーマンを辞めることを目標に据えました。

できれば、会社は定時出社、定時退社したい。

サービス残業なんて、絶対にしたくない。

なぜならそれは自分の人生をタダで人にあげているようなものだからです。

なにせ、時間=人生なわけですから。

ということで、ある時期から8時間働いたら、きっちり定時退社をするようにしました。

フリーランスになったのも、そうした時間の区切りをはっきりさせるためです。

退社のために定時で席を立つときは気まずいですが、そうも言ってられません。

なにせこれはには自分の人生がかかっているわけですから。

ということで定時退社を決行していたら、やはり言われるわけです。

「え、新田さんもう帰っちゃうんですか」

「帰るよ、一銭にもならないんで」

ひとりひとり、「人生は時間なんだよ、俺には死ぬまでにやりたいことがあるし人生を自分のものにしたいからね」なんて話すのも面倒なので、「一銭にもならないから」と言って帰ってたんですが、まあこうなると、評価は落ちるわけです。

同僚からは「昨日新田さんのところでバグってたので直しました」とか言われるし、後輩からはなんとなく距離を置かれている感じがしました。

もちろん話しかけると返答は返っては来るし、考えていることを話したこともありましたが、結局は「会社に貢献」する度合いが下がれば、部外者扱いになっていくし、「アウトロー」扱いされていくわけです。

まあこれは僕のやり方が急激すぎたのかもしれません。

そしてこのへんから、「サラリーマン思考」からどんどん脱却していきました。

副業でやっていた自分のサイトが何十万も売り上げてくるようになってきて、会社への依存がどんどん減ってきたからです。

自宅作業にしてもらったり、ゲームではなくウェブサイト制作にまわったりして、重い作業からは外れていきました。

最後には社長から「会社に通うか、紹介するところへ行くか」みたいな選択肢を出され、結局どちらも選ばず、「自分のビジネスで食べていく」ことを選んで、サラリーマン時代は終わりました。

社長は僕がやろうとしていることには賛同してくれたし、最後には給与的にもっとよさそうなところを斡旋してくれましたが、このころのゲーム業界は非常に職人的な人が多く、「お金を稼ぐ」みたいなことからは縁遠い考えの人が多かったと思います。

その後は、「資産」を構築することに全力を上げることになったのは、以下の記事にあるとおりです。

僕の失敗とゲーム制作遍歴

■SNS時代の稼ぎ方

「今の時代はその当時と違うと思いますが、今でも稼げますか?」

という疑問を持つ人もいると思いますが、それは「YES」です。

実際、僕は「資産」をまだ持っていますし、そこからの収入がいまだあります。

そして確かに「時代が変わった」のですが、扱うメディアが変わっただけで、「資産」はウェブ上に構築可能なのは変わっていません。

逆に言うと、世の中自体が「ウェブで稼ぐ」ことに寛容になり、そういう課金メディアも増えていますから、やりやすくなったとも言えます。

しかし、「ウェブで稼ぐ」ことがコモディティになったのも確かなので、他の人と同じやり方をしていたのでは稼げなくなったことも事実です。

「時代が変わった」ことによって、人が反応することの内容も変わりました。

そうした時代の変化にどう対応していくか? の話しはメルマガでも話しているので、ぜひメルマガに登録してみてください。

それでは今回はここまで。

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