大漫画家の三浦建太郎先生が亡くなってしまいました:グリフィスの「震えた」セリフ

どうも、ゲームを作ったりビジネスを作ったりしている新田です。

大漫画家の三浦建太郎先生が亡くなってしまいました。
「ベルセルク」が未完に終わってしまい、非常に残念です。

ガッツとグリフィスの確執がどう解決するのか見たかった。

僕は個人的に好きな漫画が「ヴィンランド・サガ」「銃夢」そして「ベルセルク」なのですが、どれも哲学的で、生きることの意味を問う内容なのが好きです。

「ベルセルク」は思えば人間の業の物語でした。

人には選ばれし者がいて、選ばれぬ者もいて、それぞれの役割を果たしている。

そして嫌が応にも運命の流れに巻き込まれ、完璧な人生など存在せず、自分の無限の欲を果たそうとするものは途中で朽ち果ててしまう。

どういう人生を選ぶかは人それぞれだけど、欲を果たそうとするものは稀で、多くの人は事なかれ主義で、ひっそりと、何も起こらない安全な人生を願い、そして死んでいく。

人生を楽しむという観点で、僕はそれはどうなのかと思い、葛藤した時期もあります。

ただ、一度きりの人生だから、やはり最高に楽しみたい。

自分が誇れる人生を送りたい。

ちっちゃく震えるような人生は送りたくない。

そう思ったのは、「ベルセルク」の影響が大きかった。

僕が好きなグリフィスの「震えた」セリフを3つ、ここに引用で紹介します。

誰のためでもない 自分が…自分自身のために成す夢です
世界の覇権を夢見る者 ただ一本の剣を鍛え上げることに一生を捧げる者
一人で一生をかけて探求していく夢もあれば
嵐の様に他の何千何万の夢を喰らい潰す夢もあります
身分や階級…生い立ちに係わりなく
それが叶おうと叶うまいと人は夢に恋い焦がれます
夢に支えられれ 夢に苦しみ 夢に生かされ 夢に殺される
そして夢に見捨てられたあとでも それは心の底でくすぶり続ける…
たぶん死の間際まで…
そんな一生を男なら一度は思い描くはずです
”夢”という名の神の…殉教者としての一生を…

生まれてしまったから しかたなくただ生きる…そんな生き方オレには耐えられない

『ベルセルク 6巻』より

 

彼らは…優秀な部下です
何度も一緒に死線を越えて来た…私の思い描く夢のためにその身をゆだねてくれる大切な仲間…
…でも 私にとって友とは… 違います
決して人の夢にすがったりはしない…
誰にも強いられることなく 自分の生きる理由は自らが定め進んでいく者…
そして その夢を踏みにじるものがあれば 全身全霊をかけて立ちむかう…
たとえそれがこの私自身であったとしても…
私にとって友とは そんな… ”対等の者”だと思っています

『ベルセルク 6巻』より

 

オレの采配で命を落とした仲間達に…何ら責任を感じてはいないよ…
なぜなら…それはあいつらが自分自身で選んだ戦いなのだろうから
このオレがそうである様にね…
でももし あいつらのために…死者達のために…オレに何かしてやれることがあるとしたら
それは 勝つこと
あいつらが…命を懸けてまでしがみついた オレの夢を成し遂げるために
勝ち続けることだ
オレの夢は仲間の屍の上に立つことでしか実現はできない
しょせん血塗られた夢だ
そのことで後悔や後ろめたさはない だが…
だが…何百何千の命を懸けながら自分だけは汚れずにいられるほど…
それほど…オレの欲しいものはたやすく手に入るものではないんだ

『ベルセルク 7巻』より

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